2007/5/20 日曜日
説教から一言 「私の愛する子」
マルコ1:9-11
イエス様は公の生涯に入る前にヨハネからバプテスマを受けました。
イエス様はヨハネの活動を高く評価され(マタイ11・11)、ご自分が
洗礼を 受けることでヨハネの運動を承認されたのでしょう。
ナザレで育たれたイエス様にとって公の生涯に入られる区切りの時、
神様からの任職の時でもあったことでしょう。
しかし最大の理由は、イエス様が罪人の立場に立たれたことでした。
なぜ神の独り子が馬小屋に誕生し、罪なき御子が十字架にかかられたの
か、これらはみな同じ理由からです。イエス様の洗礼は私達のためでし
た。
すると天が裂けて聖霊が鳩のように下り、「あなたは私の愛する子」
と御声がありました。
イエス様の洗礼を神様が承認してくださったのです。
畏れ多い事ですが、私たちが洗礼(古い私が死んでキリストにある新し
い生命に生きること) を受けることで、イエス様の上に起ったことが私
たちの上にも起るのです
洗礼は私の決心だけではありません。神様がわたしの決断を承認して
くださっているのです。そうでなければ自分の独りよがりです。
自分を卑下しても、愛想をつかしても、神様は「あなたは私の愛する
子」と言って下さっているのです。
富里教会牧師 内田汎