説教・行事

2007/7/1 日曜日

権威ある方

説教から一言 「権威ある者」             マルコ 1・21ー28 

 「人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威あ  
る者としてお教えになったからである」

 律法学者は人々の律法を教える者で、物知りです。しかしいくら知識が
あっても、知識の切り売りは人生の問題で人を打つ権威はありません。 
イエス様は言行が一致しておられました。そのお言葉は口先だけでな存        在をかけたお言葉です。人を救うためその生涯を十字架に投げ出し、人
を愛し、受け入れ、救わないではおかない言葉なのです。

 そのことを、そこにいた男から汚れた霊(悪霊と同じ)を追いだすことで        明らかにされました。
 当時は、精神疾患も白内障も脳溢血もみな悪霊の業と考えられていま        した。勿論今は違います。しかし、どんなに医学が発達してその仕組みが       分かって治療できるようになっても、人間を越えて人間に悪を及ぼす働き       はあるのです(エフエソ 2:1-3)。                                        イエス様は十字架に 生涯をかけたお言葉によって悪霊の根を断ち切ら            れたのです。                                             私たちは弱いのです。一つの苦しみには立ち向かえても、二つ三つと苦
しみが続くと、思わずお祓いをしたくなります。しかし、私たちにはこの主        がいるのです。私たちはこの主の支配のもとに入れられているのです。
(コロサイ1:13)

                             富里教会 牧師  内田 汎



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