2007/7/8 日曜日
働きを支える見えない土台
説教から一言 「働きを支える見えない土台」
マルコ 1・29ー39
イエス様はシモンの姑の熱病を癒されました。この癒しをマタイは「
彼(主の僕ーイエス様)はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病いを
担った。」(イザヤ53章)のお言葉の実現と記しています。
私たちは病人に出会うと戸惑い、どうしてそうなったのかを問いただし
ます。その原因を詮索し、それがわかると安心してしまいます。しかし当
人にとってはそこからが恐れと孤独のともなう病気との戦いなのです。
私たちが病むとき、自分だけの戦いではなく、イエス様も私たちの病い
を担って下さっていることを知っているでしょうか。イエス様に担われて
いる中で病気と関わるのです。
その日イエス様は大変な一日でした。私たちの一日の数え方からすれば
安息日の朝会堂で教え、汚れた霊を追いだし、ペトロの姑の熱病を癒し、
安息日の終わった日没後、町中の人がペトロの家に集まり、癒しの業をさ
れたのでした。そして翌日、朝早く人里離れたところで祈られたのでした。
イエス様は生涯の岐路で祈られます。また毎日の生活でも祈られます。
祈って御心を聞き、歩みを調えられたのでした。
私たちも自分の隠れた祭壇を築きます。私たちはイエス様以上に神様の
御心を知っているはずはないのですから。
日本基督教団富里教会
内田 汎 牧師