2007/9/16 日曜日
呼び寄せられた者
説教から一言「呼び寄せられた者」
マルコ 3・7ー19
「イエスは…これと思う人々を呼び寄せられ…十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった」
イエス様の命を狙う者もいましたし、逆にイエス様をしたい、中には持ちあげる人も(ヨハネ6:15)いました。正しくその教えを受けとめる群れを作るため、十二人を任命されました。
弟子(信仰者)とは、何よりイエス様によって呼び寄せられた者です。イエス様に従うには様々なきっかけがあります。しかし本当の原因は神様の選びにあります(エフエソ 1:3-6)。もし自分の熱心だけだとすれば、私達の信仰はなんと危ういことでしょう。私の努力の終わりが信仰の終わりとなるからです。
その目的は何より「自分(イエス様)のそばに置くため」でした。私たちの迷いは、神様のいますことがわからなくなるところからきます。福音とは、神様(イエス様)が共にいますことです。これは私たちの願い以上に、イエス様が求めておられることなのです。
さらにイエス様によって始まった神様の愛の支配を言葉(宣教)によって、行ない(悪霊を追い出す権能)において明らかにするためなのです。
富里教会牧師 内田 汎