2007/11/4 日曜日
赦される罪、赦されない罪
説教から一言 「赦される罪、赦されない罪」
マルコ 3・20ー30
「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。イエスがこう言われたのは、『彼は汚れた霊に取りつかれている』と人々が言っていたからである」
彼らはイエス様の行状を見て、それが尋常なことでないことは分かっていました。しかしイエス様の業を神様の業とは認めず、あえて汚れた霊に取りつかれた者の業としたのでした。
無知、無理解、弱さから、人はしばしば罪を犯します。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ 23:34)と叫ばれた主イエスの十字架のなかに、これらは包み込まれています。
しかし、事実を知りながら、分かっていながら、故意に自己を押し立てて事柄を認めないかたくなさ、これが問題です。
聖霊は私達の心の内に、罪と赦しをささやきかけます(1コリント 12:3)。この導きを拒む者に悔い改めと赦しのないことは必定です。このささやきを拒んで、人は一体どこでその歩みを正されるのでしょうか。
富里教会 牧師 内田 汎