説教・行事

2008/1/14 月曜日

焦らず、委ねよ

「育ちゆく生命の種」         
                        マルコ 4・21ー34

 「でも聞いてください。神様はいるのですよ。ただ存在するだけでなく、愛をもって支配しておられるのですよ。その証拠に十字架にかかり、甦られたのですよ」これを私たちは聞かされました。 
 
 これをどう聞くのでしょうか。初めから拒否するのか、少し心動かされはするもののそれに委ねないのか、他のものにもっと心動かされるのか、それともその言葉に委ねるかなのです。これはどう聞くかの問題です(4:1-20)。                                     
 この箇所は聞き方の問題ではなく、聞いた中身を語っています。私たちに伝えられた生命の言葉は、ともし火のようにどんなに隠してもあらわになり(21ー23)、更に増し加えられ(24ー25)、人の知らないうちに芽を出し、茎、穂を伸ばし、実を結ばせ(26ー29)、小さなからし種のような御言葉が、大きな野菜のように成長します(30ー32)。                                     

 私たちは何を聞いたのかに注意をする必要があります。御言葉をどう聞くかも問題ですが、何を聞いたのかも問題なのです。私のうちに何事かを起こさないではおかない生命の御言葉を聞いたのです。
 
 焦らず、いらだたず、生命の御言葉に自分を任せるのです。

                      富里教会牧師 内田汎



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