2008/4/20 日曜日
悔い改めて赦しに生きる
「神の前で生きているか」 マルコ 6・14ー29
ヨハネの生涯は救い主を迎える準備でした。救いは真実な生活に私たちを導くことですから、救いのための最大の準備は、罪を示し、悔い改めに導くことです。あなたの生き方は神の前でそれでいいのかと人々に鋭く迫り、返す刀で領主ヘロデの不義も裁きます。そのためヨハネは、マケラスの要塞に幽閉されます。
ヘロデはまさか自分の誕生日にヨハネを殺害するなど思ってもみなかったに違いありません。酒に酔って、ヘロデヤの連れ子サロメに軽口をたたき、自分の面子のためにヨハネを殺してしまいます。
ヘロデのしたことはダビデのしたこととそっくりです。ダビデはウリヤの妻バト・シェバを自分のものとしてしまいます。預言者ナタンによってそれが糾弾されたことも同じです。しかしダビデは自分の面子を捨てて神様に赦しを請い、逆にヘロデはヨハネを殺してしまいます。
人が救われるのは罪を犯さないからではありません。間違いや失敗のない人は一人もいません。罪を犯したあと、面子にこだわるか、神様の前にへりくだるかなのです。
神様の前で自分の罪に気付き、イエス様によってその罪が赦されていることには、もっと気付きたいと思います。