説教・行事

2007/6/17 日曜日

説教から一言 「招きにこたえる」

マルコ 1・16ー20

のしかかるような神様の愛の支配が、イエス様によってもたらされた
のです。このことは、聞きおくだけでは自分のものとはなりません。何
事でもそうですが、語られたとおりに一歩を踏みだして、初めて自分の
ものになります。四人の弟子の召命は、その実例です。

その際、何か特別なことをしてイエス様に従うのではありません。漁
師が網を打つ。当然のことです。そこでイエス様に従うのです。何か特
別なところで従うのではなく、商人があきないをし、主婦が家事をし、
母親が育児をする。そこで主に従うのです。
そこは何の変哲もない毎日です。しかしまた多くの涙、苛立ち、失敗
のある毎日です。ここで神様の愛の支配に身を委ねるのです。

もう一つ大切なことは、一度「網」を捨てることです。イエス様に出
会うまでは生きてきたと思っていました。持っていたと思っていました。
しかし、実は託されていたのです。仕事も家庭も自分の人生も。信仰を
もつとは、自分の持っていたと思うものを改めて人生の主から托されて
いることに気付くことですこの切り替えがどうしても必要です。
私たちの信仰がはっきりしないのは、これがはっきりしていないから
かも知れません。

富里教会 牧師 内田 汎



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