2007/7/22 日曜日
あなたはどこにいるのか
説教から一言「あなたはどこにいるのか」 創世記 3・1ー24
人は、食べて、着て、住む処があれば生きられるものでありません。愛し
愛され、知り知られる人格的な交わりの中で、初めて、人として生きられま
す。
この交わりを破壊するのが、悪であり罪です。(これを修復するのが愛で
あり赦しです。なぜ他の宗教が上辺のことばかり問題にして、この罪と赦し
を説かないのか不思議でなりません)
創世記三章は、私たちの内に巣食う罪のはじめを語っています。へびはも
ちろん動物の蛇ではありません。音もなく心の隙間に入りこみ、いつのまに
か鎌首をもたげて甘言をささやく私たちの心の動きを言っています。
人は信頼を裏切ることも出来ますが(動物は裏ぎれないのです)、裏切ら
ないで生きることも出来ます。初めの人が誘惑に負けて罪に染まりました。
以来、人に赤い血が流れているように罪が生来のものとなり、信じあえず、
利用しあい憎しみあって、不安と孤独に生きる者となったのです。
聖書はなぜ「原罪」を語るのでしょうか。それは「だれもが自分には罪が
ないと言い逃れが出来ないため、そしてまた、だれもが神の遣わされたキ リストの赦しにあずかるため」なのです。
富里教会 牧師 内田 汎 牧師