説教・行事

2007/8/12 日曜日

私たちも医者を必要とする

説教から一言「私たちも医者を必要とする」   

                                 マルコ 2・13ー17          

「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく、病人である。わたしが来たのは
正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(2・17)                                  

 レビ(又の名はマタイ)は、旧約聖書を縦横に引用したマタイによる福音書の元を書いたと言われ、その名が示すようにユダヤ教の厳格な家風や小さ
い時の教育がしのばれます。そのレビが、どこでどう間違えたのか、徴税人
になったのです。                       
 徴税人は本当はいい人なのに社会の偏見から差別されている人ではありません。自他共に罪人であることを知っているのです。彼はうそぶき開き直って収税所にいたのです。イエス様は、それは本当の生き方ではない、私に従て来なさいと招かれ、彼は従いました。           
 
 ファリサイ派の律法学者は信仰に立つ人でした。皆が神様のお心を無視して平気で罪に流されるとき、彼らはなんとか信仰に立とうと真剣に努力したのでした。ところが、危機のときにはそれでいいのですが、平穏時になるとそこから、いつの間にかそのよい行為によって人を裁いてしまうのでした。
 又、その生き様を人々が賞賛しますので、いつの間にか人の目を意識する行いになってしまったのです。自分がよい行いをしていると思っているので、自分にも愛と赦しが必要だという思えなくなってしまうのです。 
                                      

 イエス様は、だからおまえは駄目だ、おまえは傲慢だとは言われません。
イエス様はそんな私たちのために来て下さいました(ルカ 23:34)。
 このイエス様に出会っていますか。                                       

富里教会 内田 汎 牧師



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