2007/8/19 日曜日
断食ではなく婚礼
説教から一言「教会の教えは断食ではなく婚礼」
マルコ 2・18ー22
「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのになぜあなたの弟子たちは断食しないのですか。イエスは言われた『花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。…』」
断食は、犯した罪を悲しむことを食を断つことで表す行為です。それは信
仰深い行為であるだけに偽善が入りこみます。だから私の教えは断食ではないというのではありません。本当の断食をする人だっているのです。
断食で代表される罪を見据えない人は浅薄です。苦しみ、悲しみ、痛みか
ら、文学でも芸術でも奥深いものになります。人間の本質を見据えているか
らです。楽しいこと、美しいことばかりが人生の価値ではないのです。
それでもイエス様は、断食ではなく婚礼とその教えの本質を語ります。
神様は生きておられます。イエス様によって私たちをありのまま受け入れて
下さり(婚礼の時相手をそうするのです)、一緒に歩んでくださいます。私たちは一人ではないのです。自分の負の部分を見据えることも大切ですが、
それ以上に神に結ばれていることを喜びます。
この喜びの福音をどこで受けとめていますか。「新しい葡萄酒」を、上辺
を変えることではなく「新しい皮袋」に入れていますか。
富里教会牧師 内田 汎