2007/10/2 火曜日
救いを担う群れ
説教から一言「救いを担う群れ」
マルコ 3・13ー19
主イエスは十二人の一人ひとりを呼んで、皆の前に立たせ、弟子とされました。
世に学者がいないではありません。人生経験の豊かな人、社会的地位の高い人がいないのではありません。しかし選ばれた12人は、目に一つの文字もない漁師であり、いわくつきの徴税人であり、無名の人でした。伝道したり、社会への効果を考えると、もっと力のある、だれが見ても納得できる人がいてもよいはずです。
無きに等しいものが選ばれたのは、自分の力で支える必要のない、支えようにも支えられない無力な者、しかしそういう人を生かし支える福音がむきだしで明らかになるためなのです(Ⅰコリント 1:26以下)。
12弟子は、神様の救いを担う「新しいイスラエル」として選ばれました。担う中身は一緒でも、担い方は違います。
イエス様はありのままの私をそのまま赦して受け入れて下さいました。そりの合わない隣人も受け入れられているのです。その赦しと愛に生きて、私も違いや誤解や感情的なもつれを乗り越えていきます。教会でそれをします。
教会で整えられて、福音を担って家庭や周りへと出ていくのです。
富里教会 内田 汎 牧師