2007/12/10 月曜日
ここに希望がある
「救いの歴史」
マタイ 1:1-17
聖書の冒頭は系図から始まっています。系図は、系図を書くことでそれまでの歴史を表しますから、アブラハムから始まるイスラエルの歴史を表しています(参・歴代誌)。この系図は三つに区分され、7の倍数にこだわって14代づつに分けられていますが、実数ではありません。
初めのアブラハムからダビデまでは、アブラハムから始まるイスラエルの民が、家族から民族に成長し、紆余曲折はあるものの国を造り上げてダビデでその頂点を極めるまでの様子が記され、創世記12章からサムエル記までの内容です。
二番目のダビデからエコンヤまでは、国が二つに分裂し、兄弟国の北イスラエル王国はアッシリヤに、南ユダヤ王国はバビロンに滅ぼされるまでの様子、列王記の内容が記されています。
三番目のエコンヤからヨセフまでは、歴史の表面から地下に潜った様子を表し、聖書にもほとんど記述がありません。
しかもこの系図には、普通なら決して明らかにしたくない4人の婦人の名が記されています。
この系図は、人類のそして私の人生です。栄枯盛衰とその間にちりばめられた罪と恥の数々。そこにイエス様はお生まれ下さいました。神様が共にいてくださるしるしとして。ここに希望があります。
富里教会牧師 内田 汎