説教・行事

2007/12/26 水曜日

救い主を拝みに行く

「救い主を拝みに行く-不安と喜び」        

                                  マタイ 2:1-12

イエス様の誕生に対して二つの反応があります。

 「ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった」
 ヘロデ王の不安はわかります。新しい王の誕生は自分の立場を脅かします。エルサレムの住民の不安は、新しい王の誕生による政変や流血を恐れたのかもしれませんが、実はエルサレムの住民も私たちも皆小ヘロデなのです。一度手に入れたものは自由であれ権力であれ、地位や富も手離したくないのです。
 奪われるのではないかと言う不安は、神様を抜きに持とうとするからです。不安への最大の妙薬は、それを与えてくださった神様の愛のみ手にゆだねることなのです。

 「学者たちはその星を見て喜びにあふれた。…彼らはひれ伏して幼子を拝み、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」
 学者たちは大変な旅をしてイエス様を礼拝にきました。星の導きでイエス様に出合い、大きな喜びにあふれて宝物を献げたのでした。自分が宝物を得たのはこのためであり、宝物は私蔵するのではなく捧げるため、自分の人生もそのためにあったことをはっきりさせけたのです。
 
 不安は失うまいとするのでなくゆだねることで平安になり、喜びは獲得する以上に得たものを献げることで与えられます。それはどれだけ周りの人が見えているかなのです。

                            富里教会 牧師 内田汎



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