2008/3/16 日曜日
十字架の意味
「暗さをつき抜けて平安へ」 マルコ 15・33ー47
イエス様は十字架の上で六時間苦しまれ、地上の生涯を終え、墓に葬られました。
マルコは押さえた筆でその“事実”を伝えます。感情をさしはさまない描写だけに、イエス様の様子がひしひしと伝わってきます。
二つの異変を記します。「昼の十二時になると、全地は暗くなり」と、イエス様が息を引き取られた後、「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」ことです。マルコはこの二つを記すことで、イエス様の十字架の“意味”を伝えたかったに違いありません。
「暗さ」とは、神に捨てられる暗さです。神をもたない暗さです。信じるべき方をもたず、人生の夕暮が近づき、体力に陰りが見え始め、一体自分はどこに向かっているのか、私たちの知る暗さはその片鱗にすぎません。
イエス様のして下さったことにより、神様と人を隔てるものが取り去られたのです(ヘブライ9章)。信じる方をもつ平安と幸いの道が開かれたのです。
「何の疑もなく/こんな者でも/たしかに救って下さると信ずれば/ただあり難し/生きる張合がしぜんとわいてくる」 八木重吉
富里教会 牧師 内田 汎